井村美術館で学んだ≪ジャポニズム≫

先日、「井村美術館 解説と オールドバカラでワインを楽しむ会」に参加してきました*

会場となった井村美術館には、京都美商の井村欣裕社長が収集されたコレクションの数々が展示されています。

京都美商は、鎖国中に長崎の出島から海を渡りヨーロッパへ運ばれた古伊万里・柿右衛門や薩摩焼を里帰りさせること、また多くの人々に美術を身近に感じていただくために1961年に創立されました。
(京都美商さんのホームページより引用)


(参加者の皆様、美しいお着物姿や美しいドレス・・・私ひとり場違い感半端なく・・・汗
せっかくなら着物で参加すればよかったです;)

美しいオールドバカラでいただけるワイン。
とても素敵なグラスの5客セットがあり、予算的にこれなら買えそう・・・『欲しいなぁ・・・どうしようかなぁ』と3分くらい悩んでいたら、なんと その3分の間に、限定5セットがあっという間に完売!!
ま、まじっすか~~~(T_T)
目の肥えた方々の直感力、判断力、行動力に完敗しました・・・。。笑

 

それはさておき。
今回の会では、オールドバカラでいただけるワインも もちろん楽しみにしていましたが、それと同じくらい?それ以上に?楽しみにしていたのが、井村欣裕社長による 井村美術館の解説でした。


(アツく語る井村社長。解説がとても熱心かつ丁寧・わかりやすい。まだまだ聞きたいことがたくさんありました!)

こちらの美術館で素晴らしいのは、他の展示施設では見ることのできない「江戸幕府以降の近代柿右衛門・今右衛門の作品」を収集・展示されている、ということ。

そしてもう一つ。
現存している柿右衛門の中でも、「柿右衛門が一番”アツい想い”を込めて作った作品」を収集されている、ということ。(もぅ私、ほんと「アツい」という言葉が大好き。。。笑)

「アツい想いを込めて作った作品」。
それがどういうことかというと・・・例えば以下の作品。

こちらの作品は、十二代柿右衛門による『染錦 東海道五十三次浮世絵花瓶』(1929~1963年)。
(※写真撮影・掲載の承諾を得て投稿しています。)

十二代柿右衛門にとっては最も大規模な作品であり、以降十三代、十四代も同様の作品を制作しており、これらの作品から各代の技術者のレベルをはかり知ることができるそうです。

ちなみに使われている技法はアンダーグレーズ。今月のレッスンの座学テーマとなっている「ロイヤルコペンハーゲン」のブルーフルーテッドでも同じ技法が使われています。(その話はまた追々)


(十二代柿右衛門。写真は京都美商のホームページよりお借りしました)

だたしこの作品は、柿右衛門が一人で作るわけではありません。
ろくろを回す人、絵付けをする人など、合計15人の職人さんが色んなパートに分かれて、一つの作品を仕上げる、とのこと。

柿右衛門は、その職人さんたちを監督する、いわばプロデューサー?コンダクターのような存在なのだそうです。

最初の作品を仕上げるときには、柿右衛門は「もっと色を濃くしたほうがよい」など、作品に対するアツい想いを説きながら、つきっきりで職人さんたちを指導します。

しかし その作品が完成し、流れ作業で同じ作品を作れるようになれば、柿右衛門の手がどんどん離れていき、職人さん達だけで作品を仕上げていくことになります。

そうなってくると、柿右衛門が最初のほうにアツい想いで作り上げていった作品と、職人さん達だけの流れ作業でつくっていった作品に どうしても差が出てしまうのは、至極当然のこと。

井村美術館では、数ある柿右衛門の作品の中でも、特に柿右衛門の心がこもっている本物ばかりが展示されています。
そのため、「本当に良いもの」の良さが伝わりやすいのです。

「本当に良いもの」を見たときに得られる感動は、言葉ではうまく言い表せないので、ぜひ体感していただきたい・・・本物を見るために、興味のある方は井村美術館に足を運んでみていただきたいです。

コレクションにあった鍋島の話も記録しておきたいのですが、文字数がとんでもないことになりそうなので、今回は割愛。。。汗
(最近、記録したいことが多すぎて・・・もっと時間の使い方がうまくなりたいです。。。涙)

以下、今回の井村社長から聞いたお話と、今年のGWに有田へ行った際に学んできたことを交えて、まとめておきます。
お時間のある方、興味のある方はお読みいただけましたら幸いです*

(有田に行った際の記事はこちら↓↓

「1000パーセント 一緒に行かんでよかった旅」 | 一期会 * いちごかい *

 

* * *

 

「ヨーロッパの人々が魅了された、日本の芸術」

そう聞くと、≪浮世絵≫ を思い浮かべる方は少なくないと思います。

確かに、浮世絵がヨーロッパで大流行したのは事実です。
エドワール・マネや、ドガ、ゴーギャン、ロートレックなどの印象派の画家たちが、浮世絵に影響を受けていたのは、あまりに有名な話。パリ郊外のジヴェルニーにあるモネの家には、相当数の浮世絵が飾られており、そこからモネ自身の関心がどれほど高いものであったかをうかがい知ることもできます。

そして彼らが影響を受けた「日本趣味」「ヨーロッパの美術やファッションに日本文化が与えた大きな影響」のことを総じて『ジャポニズム』と呼びます。

日本絵画から影響を受けまくった西洋の絵画作品まとめ – NAVER まとめ

しかしそんな浮世絵よりも先に、日本美術で 最初にヨーロッパに認められたもの。
それが柿右衛門などの、『磁器』でした。

浮世絵の海外輸出は、磁器輸出よりもずっと後のこと。
しかも、フランスで浮世絵が注目されるようになったのは、日本が輸出する陶磁器や漆器を包むための「包み紙」に使われていたことが、きっかけだったのです。


(陶磁器の包み紙として使用された『北斎漫画』中の「風」。『北斎漫画』は1814年から、北斎没後の1878年まで全15編で編まれたもの)

浮世絵の高い芸術性に、版画家フェリックス・ブラックモンが感動し友人達に見せて回ったことで、印象派の画家達に大きな影響を与えていきます。それを皮切りにフランスで熱狂的な浮世絵の収集家が登場するようになりました。
それは日本磁器が輸出されるようになってから200年近く経った、1856年のことでした。

この時期、日本にとっては、とてもとても重要な出来事が重なります。

まずは、なんといっても、1853年のペリーの来航(塾講師時代には「嫌(18)でござんす(53)ペリーの来航」という語呂合わせで生徒に紹介していました。笑 ちなみにエリザベートが皇帝フランツ・ヨーゼフと婚約した年でもあります。一期会の生徒さん、覚えているかな。。。笑)

ペリーの一番の目的は、日本を開国させること。
いろいろあった末に、1858年に日米修好通商条約を結ぶことになりますが、この条約は日本の関税自主権が無く、アメリカの領事裁判権を認めるという、とっても不平等な条約でした。

長年鎖国を貫いてきた日本にとっては、開国したことにより、鉄砲・大砲などたくさんの買うものがあっても、売るものがない&買うお金もない!・・・そんな感じで貿易赤字が悪化していきます。

そこで日本が考えたのが、手先が器用・真面目な日本人気質を多いに活用し、「美術工芸品を売ることで外貨を稼ぐ」、というものでした。

ここで、かの有名な福沢諭吉の登場です。
彼は、当時『血を流さない戦争』と言われた万博博覧会に目をつけ、グランプリを目指します。

彼の読みは大当たり!1867年に開催された第2回パリ万博で、日本はグランプリを獲得し、第3回のパリ万博では空前のジャポニズム・フィーバーが沸き起こります。

ここで再び余談。しかも、アツく記載しておきたい1867年。

まずは、1867年は「一夜(18)むなしく(67)大政奉還」。日本は翌年から明治時代に入ります
さらにエリザベートがオーストリア=ハンガリー二重帝国の女帝にもなる年です。(一期会の生徒の皆様、覚えておりますか?笑))

さらにさらに。
洋食器LOVERとしては忘れてはならない、ヘレンドの「インドの華」。


(ヘレンド・ジャパンのホームページより)

すでに浮世絵や漆器により、ヨーロッパに≪ジャポニズム≫という形で日本ブームが起きていたことを、ヘレンドも察し、1867年のパリ万博に、柿右衛門写しの「インドの華」を創作して出品したのです。
(「インド」とありますが、当時、日本の磁器はインドに拠点を持つ東インド会社経由での輸出だったため、柿右衛門にも、ヨーロッパに向けた最後の出港国であるインドの名が冠せられています)

このパリ万博の際、次回の万国博覧会主催国となるオーストリア・ハンガリー二重帝国の皇帝フランツ・ヨーゼフ(エリザベートの夫)が視察を兼ねてパリを訪れていました。

そのとき、パリ万国博覧会の主催者であるナポレオン三世の妃ウージェニーは、フランツ・ヨーゼフをエリゼー宮に招待し、ヘレンドを愛用していたフランツ・ヨーゼフのために、「インドの華」のディナーセットでもてなしたのです。

(ちなみに、この万博から6年後の1873年に開催されたウィーン万博博覧会では、日本コーナーを訪れたエリザベートが大工の鉋(かんな)さばきに感動し、そのときの鉋くずを記念に持ち帰ったといわれています。
絶世の美女と謳われたエリザベートに会いたいがために、このウィーン万博では「エリザベート目当て」の観客も多かったとか。。。
先日エリザベートのレッスンを終えたばかりなので、まだまだエリザベートの余韻が残っています。笑)


(ウージェニーの肖像画。
日本とハンガリー、さらにフランスとハンガリーをつなげた素晴らしいエピソードをもつ「インドの華」が私は大好きで、料理教室でもしつこいくらいにこの話をご紹介している気がします。笑

ただ、このウージェニー。。。
ナポレオン三世とウージェニーのおかげで、パリの街はインフラ整備され、ヨーロッパ随一の美しい街になりましたが、政治面では彼女の思慮を欠いた言動が招いた悲劇が数々・・・。

彼女が犯した最も愚かな罪は、メキシコの内乱に介入し、パリ万博でもてなしたフランツ・ヨーゼフの実弟であるマクシミリアンをメキシコの皇帝として送りこんだこと。マクシミリアンは誰の援護も受けないまま内乱で処刑(銃殺)されてしまいました。。。

そんなフランツ・ヨーゼフの実弟マクシミリアン皇帝も、ヘレンドを愛する一人でした。彼がメキシコに向かうことが決まったときに、ヘレンドにこちらの商品をオーダーしました。↓↓


(ウィーン ホーフブルク王宮の銀器博物館で撮影。)

見ての通り、ジャポニズム(古伊万里)とシノワズリ(マンダリン)が融合された、ヘレンドの得意とする図柄です。トリエステ郊外にあったマクシミリアンの別邸「ミラマーレ城」にちなんで、このシリーズは「ミラマーレ」と名付けられています。 メキシコに行くはずだったこれらの食器がオーストリア国内に残っているのは、送る途中でオーダー主であるマクシミリアンが他界したため。 なんだか聞いたことある話ですね。。。

と、また話の脱線が・・・汗)

・・・アツい余談はここまでにして・・・・
そんな感じで、すっかり1870年代のヨーロッパは空前のジャポニズム・フィーバーが沸き起こり、ついに1876年にはジャポニズム(japonisme)がフランスの辞書に登場することにもなりました。

こうして日本は、ヨーロッパの人々が日本の美術工芸品をたくさん買い集めてくれたことで、外貨を稼ぐことができました。美術工芸品のおかげで、他のアジア諸国とは違い、植民地となることから免れたといっても過言ではないのです。

* * *

話は、井村美術館での解説に戻ります。

井村社長もおっしゃられていたように、ジャポニズムという言葉ができ、モネやゴッホ、ルイヴィトンなど、ヨーロッパ人を熱狂(フィーバー)させた素晴らしい美術工芸品を作れる技術も才能も、日本にはある、、、にもかかわらず、海外の美術工芸品が日本の影響を強く受けていることが、あまり日本では紹介されていません。

「日本ほど、美術品に救われた国はない」
「日本は、美術品なくして語れない」

それなのに、なぜ紹介されないのか。

その理由を、井村社長は「第二次世界大戦での敗北」だとおっしゃられていました。

日本人のプライドは、第二次世界大戦を機に封印されてしまった。
それにより、本当に良いものを見る機会に恵まれない。美術館に行かない。美しいものを愛でる教養を養えない・・・
そんな結果を招いてしまったのです。

日本の上質な美術工芸品は、海外の美術館に輸出されることが多く、日本では本物に触れられる機会が本当に少ない。
先進国のなかで、日本ほど美術館に行く人が少ない国はないそうです。
だからこそ、井村社長は美しい本物の美術工芸品を集め、研究し、守られているのだそう。

作品に優しく触れながら、
「これらは、もう僕にとっては大事な娘のようなもの。お金があって心無い人ではなく、お金がなくても心のある人に触れてほしい。」
と語る姿に、ますますこの方のお話を聞いてみたい!と思え、なんだか胸が熱くなってしまいました。

今回のイベントをご紹介してくださった大好きなお姉サマに心から感謝です!
またしても超長文となってしまいましたが、井村社長、素晴らしい解説、イベントを主宰してくださいまして、本当にありがとうございました!


(ダンディーかつコレクションの数々に対するアツい想いを持たれている、研究熱心な井村社長。
またお話を伺える日を心から楽しみにしております*)

* * *

ちなみに(まだ続くんかい!と一人ツッコミ・・・汗)、今回のレッスンテーマになっている『ロイヤルコペンハーゲン』。

先日の記事では、フローラダニカをご紹介しました。
【前回の記事↓】
ロイヤルコペンハーゲン① フローラダニカ | 一期会 * いちごかい *

 

しかし、「おなじみのロイヤルコペンハーゲン」といえば、なんといっても「ブルーフルーテッド」ではないでしょうか。

ブルーフルーテッドは、もはやロイヤルコペンハーゲンの「売れ筋」というよりも、文化遺産的意味合いが濃い商品。

このブルーフルーテッドが愛されるようになったのは、若き建築家であり、デザイナーでもあったアーノルド・クローの貢献がありました。
実は彼、デンマーク含む北欧に《ジャポニズム》をもたらした一人でもありました。

次回の投稿では、ロイヤルコペンハーゲンとジャポニズムの繋がりをご紹介しようと思います!
(次回こそは、もっと短文に・・・!?)

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