リベラル・アーツという言葉

先日、レッスンに参加された生徒さんの帰り際の言葉が、頭から離れずに…頭の中をアウトプット。

相変わらずの長文なので、就寝前の睡眠導入剤がわりにお読みいただければ幸いです。笑

*(…とその前に)*

私にとっては、姉という域を超えて、メンター的存在の姉・絵美子さん。
※画像の女性は別人です。笑

絵美子さんは薬剤師ですが、個人投資家でもあり、現在 わたしの主人が運営しているオウンドメディア『MRファーマシスト(通称エムファ)』で、投資についてのコラムを連載しています。

(最新の記事はこちら→
【大正時代の家計簿から分かること その①】
http://k-pharma.co.jp/mr-pharmacist/money/post-7692/

最新の記事は、文学少女だった姉ならではの、新しい切り口(文学×マネー)での《教養コラム》です。
「大正時代」というと、アラフォー世代にとっては、祖父母が生まれた世代。
主婦の方はもちろん、現国を読み解くヒントも紹介されているので、高校生のお子様にも是非ご覧いただきたいです*)

* * *

人間の人生が100年までいくようになった時代では、社会構造的に、投資をしなければ(勤労所得だけでは)私たちの世代は生きていくことが出来ない、だから投資が必要なのだそうです。

そんな中で、日本人と欧米人の、投資に対する向き合い方の違いとは?

ベストセラーに選ばれる書籍で例えると…

日本人は、《ノウハウ(テクニック)》が好き。
私も少しだけコピーライティングを齧ったことがありましたが、日本人は、『○○するための10の方法』などの、テクニックを謳うものに反応しやすい。
(あくまでもコピーライティングの典型例です。それが悪いわけではなく、一般的にそういう傾向があるという話)

それに対して、欧米人は「なぜ、そうなるのか」という《物事の本質》を重視する。

「○○とは一体何か」というディープラーニング、そして「○○について、自分なりに考える」というアクティブラーニングが浸透しているため、投資と向き合う時には、《どうあるべきか》ということにまず注力している投資本がベストセラーになるそうです。

なぜ思考に差があるのかというと、日本と欧米の教育の違いに関係が深いと言われているそうですが、詳しくは、ここでは割愛・・・

そういう意味では、姉の投資に関するコラムは、非常に欧米よりで、読んだからといって今すぐに、投資で成功するようなノウハウは一切含まれていません。

ただ、読み続けていくことで、去年ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー氏の提唱する【行動経済学(行動ファイナンス)】についてを理解していくことができます。

投資大国アメリカでは、この行動経済学を前提とした投資哲学が確立されており、私も微力ながら、このコラムを通して
「日本の投資スタイルも、世界標準に沿ったものになって欲しい」
と考えています。

というのが、姉の想い。
http://k-pharma.co.jp/mr-pharmacist/column/post-7470/

すでに投資を行なっている方はもちろんですが、投資はなんだか怖くて出来ない、投資するような金銭的余裕はない、と思われている方にこそ、第一回目から是非ご覧いただきたいです*

日本人は、マネーの話を敬遠しがちですが、最近話題の多いキングコング西野さん然り、ホリエモン然り、マネーは立派な学問≒教養。

先日、西野さんの講演会に行ってきましたが、その際に西野さんはノウハウだけではなく、これからは物事の本質(マネーとは?という問いかけ)を、自分の力で考えていく必要があることを強調していました。

ノウハウで学ぶのか、本質を学ぶのか、お金との向き合い方は、人それぞれだと思いますが……
少なくとも、私は姉のコラムを読みながら、レベル0からレベル5くらいまでは、すこ~しずつステップアップしていっているような・・・?笑

* * *

なぜに突然このリンクを貼ったかというと、、、(前置きが長くなりました)

先日の料理教室に参加された、大学で美術史を専攻されていた、生徒さんの帰りぎわの一言。

「あみちゃん、先日 『芸術は”見る”ものではなく、”読む”もの』と引用されていたけれど、あれは、惜しい!

正確には、

“読む”ものではなく、《読み解く》ものよ」

という言葉がきっかけでした。

頭の中でぐるぐるとその言葉が回りながら…洗い物をしているときに、ふと頭に浮かんできたのが、《リベラル・アーツ》という言葉。

姉のコラムのカテゴリー名は
《リベラルアーツ「マネー編」》。

ここで使われている《リベラルアーツ》とは?

Wikipediaによると、

人が持つ必要がある技芸(実践的な知識・学問)の基本。
(略)
リベラル・アーツという表現の原義は、「人を自由にする学問」で、それを学ぶことで一般教養が身につくもののことであり、こうした考え方の定義としての起源は古代ギリシアにまでさかのぼる。

欧米、とくにアメリカ合衆国では、おもに専門職大学院に進学するための基礎教育としての性格も帯びているともされている。

(略)

なお日本語の「藝術(芸術)」という言葉は、もともと明治時代に啓蒙家の西周によって、リベラル・アートの訳語として造語されたものである。

 

……つまり、明治時代以前までは、芸術は美術的要素(ファインアート)ではなく、学問(教養)の1つという扱いだったのです。

明治時代まで芸術は、趣味的要素ではなく、数学や文学のような 教養として身につけるべき一つの学問だったと思うと、いろんなことが腑に落ちます。
(芸術は「読み解くもの」と言われていた生徒さんの言葉も。)

ちなみに、リベラルアーツの中には、『音楽』も含まれていました。
先述した生徒さんが、玄関を出る直前に「あみちゃん、音楽もよ〜〜!楽譜は見るものではなく、《読み解く》ものよ〜〜〜!!」と言って扉を閉められた姿が、とても印象的でした。笑

お金も、芸術も、音楽も、本来は感覚的な感性だけではなく、しっかり学び、自分の力で考えて解いていく学問。

料理教室というかたちで、お金を頂戴してお仕事させていただいているのに、生徒さんから学ぶことが本当に多々。

改めて、私がこれから深く掘り下げていきたい芸術教養について、考える機会をいただけました*

リベラルアーツをご存知の方にとっては、なんだそんな話かよ、ということかもしれませんが、私自身が記憶に留めておきたいがための、アウトプットでした◎

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